Praefatio


それこそは正しく、神の齎した奇遇なのだろう

いつものようにアルバイトで訪れたコロッセウム。
いつものように囚人同士の処刑-殺し合い-が行われ
いつものように観客に軽食を配り、コインのお零れを頂く。
いつものように面白いもの見たさに集まった観客が興奮の声をあげ、
いつものように闘技場に散った血痕と、無造作に転がる囚人たち。

しかし、肌に触れる空気はいつもとは違う感覚を覚え、スフィットニルはなんとなく闘技場が
見える窓に歩み寄る。

丁度その時。

他の囚人とは衣服も表情も異なる一人の男が、視界の高さまでヒラリと舞い上がる。
襲い来る囚人達の手を華麗にかわし、バランスを崩した囚人を踏み台にし後方へと跳躍しつつ
逃がすまいと飛びついて来る囚人の額をその反動で突き上げる。
肌を逆撫でる異様な空気は、この闘技場から流れて来ていたのだろう。

だからといって、仕事に支障があるわけでもない。
立ち見しているのをオーナーに見つかれば酷い仕打ちを受けることは考えずとも分かる。

しかし、如何してか "彼" から目を離すことが出来ないのだ。
動かしたくとも足が動かず、まるで金縛りのような感覚に、スフィットニルは改めて "彼" に
目を向けた。


確かに彼の剣舞は美しく見事な物だ。
だが自分の心を縛るのはそれとは違う何か…。
それが何なのかは己にも分からない。

よくよく目を凝らしてみると、高貴な衣を纏った "彼" は、何故だろうか笑っていた。
恐怖なぞは感じられず。
殺しを楽しむとも違う。
言うならば、戦いに対する余裕の笑み。

その笑みに、スフィットニルは吸い込まれるような錯覚を覚えた。
同時に、強く、惹きつけられ、突き動かされる衝動。




「醜いね…そんなに生き延びたいのなら己で道を開けば良い。
 それすら出来ずに集団で捕らえようとするのは無駄な足掻き…。
 どうせ僕を殺し独り勝ち残ったとしても、待つのは苦痛の処刑。
 唯一の救いは神の御国に帰すことだよ…。さぁ、お帰り。神の元へ。」

地に足が着くと同時に背後から迫る囚人の群れに、体勢を立て直したとき。
闘技場に乾いた銃声が響き、すべて者の時が停止した。

音源と思われる入場口に目をやると、監視員二人が地に伏せ、わきには拳銃を手にした少年が。
目が遭うと少年は「早く!こっちに!」…そう叫ぶと踵を返し駆け出した。

出口が開いたことを知り駆け出す囚人たち一節に斬り払い、後を追う。


――そして終幕の物語はここから始まった――