Glorio #06

日の沈みかけたころ。
ジェンの治療が終ったのか、治療室から看護士が姿を現す。
入室許可も降り、心配と不安で落ち着きのなかったグレイブと子供達、他の仲間達はこぞってジェンの元へと向かう。
キルはまだ中には入らず、傷の具合を医師に尋ねた。

「恐らく…いえ、ほぼ確実でしょうが、あの傷は生涯残るでしょうね…。」
「目の方は?」
「右目は…もう……」
「失明か…。」
「残念ですが、あれ以上手の施しようが無く・・・。申しわけありません。」
「……」

医師は深く頭を下げ、足早に治療を待つ他の患者の治療へと向かっていった。

「……ジェン……」

目を背けたくなる現実に、思わず絶望の溜息が出る。
自分の容姿を何よりも誇っていたジェンだ。
一生残る傷と、加えて右目の失明を知ったら、なんと言うか…。
仲間を守れず、傷を与えてしまったことに、キルは言いようの無い痛みを覚えた。

「ジェン、大丈夫か?! オレがわかるか?!」
「師匠ー大丈夫〜?」
「師匠包帯痛そう〜」

意識が戻ると同時に、幾つもの言葉を投げかけられ、ウザったそうに顔を顰める。

「ぜんっぜん大丈夫じゃない。右目がスンゲー痛い。ったく、何が起こったのか
 サッパリだぜ…」

フルフルと頭を振り記憶を辿るが、やはり自分の身に何が起きて今このベッドに横たわり右目が酷く痛むのかはわからない。
遅れてきたキルは、ゆっくりと事態を話し始める。

「俺たちもその瞬間を見たわけじゃないから、詳しくは分からないが…」
「あん?」
「バフォメットの攻撃の衝撃で飛び散った瓦礫の破片がお前の目に刺さったのだろうな…。そう、その右目だ。」
「…はぁ? 目に刺さったって、マジかよ…」
「気を失っているお前を見つけ、すぐにここに来たが傷が酷くてな。それ以上手の施しようがない…と。」

そこまで聞いて事の大きさを悟ったジェンは、グレイブの制止も聞かず、慌てて包帯を外す。
そして、鏡に映った自分の顔…右顔面を見て、愕然とした。
はっきりと生々しく赤裸々と残る、目の上から頬にかけて伸びる傷跡。
自分で言うのもあれだが、人よりもかなりルックスの良いその顔の右半分に、しっかりと色濃く緩いアーチを描かれた傷跡。
この傷では、もう右目を開くことはできないだろう。
そして、一生痕が消えることなど、ないのだろう。
突きつけられた厳しい現実に、思わず乾いた笑いがこみ上げてくる。

「は…はは…なんだよ…コレ…。ジョーダンじゃねぇって…こんなの…」

泣きたくなる。
こんなの、自分じゃないと否定したくなる。
何でその飛んできた瓦礫から守ってくれなかったのだと、叫びたくなる。
まるで生きる希望を失ったかのような心情で。
本当…すがり付いて泣きたいくらいだ…。

「そ、そんな顔すんなって、きっといつか傷治るって。な?な?」

なんとかジェンを励まそうとするが、良い言葉が見当たらない。
ジェンは、「はっ」と鼻で嘲笑うと困惑するグレイブに静かに言った。

「いいよ、グレイブ。仕方ねぇよ。相手はバフォだったんだ。生きてただけイイってもんだろ。」
「だ、だけどよ…ジェン、お前…」
「こんなの、眼帯巻いときゃ誰もわかんねぇよ。眼帯つければ、見えるも見えないも同じだべ。」

カラっと開き直ったジェンの言葉。
まるで自分自身に強く言い聞かせているような気がして、グレイブはそれ以上何も言えず口を閉ざした。

「おら、テメェらいつまで辛気臭ぇ顔してんだ。」

再び包帯を巻きなおすと、ジェンはベッドから降りさっさかと出口へと向かう。
部屋の戸に寄りかかっている見慣れない人物に、首をかしげながら。

「あ?お前もしかしてクラヴァーナか?」
「うん。久しぶり、ジェンさん。」

以前、グレイブの実家を訪れたときに見た記憶のある人物と顔が一致し、問いかける。

「何でお前ここに居るんだ?」
「ジェンのこと、ここまでクラが連れてきてくれたんだよ。んでこれから、一緒に行動することになったの。」

フローネの説明に、ふぅんと鼻をならす。

「何でプリーストなんかになったのかねぇ。ま、何はともあれこれからよろしく頼むぜ。」
「こちらこそ。」

新しく仲間にクラヴァーナを加え、一行は漸く、プロンテラに滞在している間に使用しているアジトへと帰還した。





「あ、帰ってきた!」

徴集のかかった後、アジトの入り口で仲間の帰りを待っていたリアンは、漸く戻ってきた仲間達の姿を見て安堵の息をつく。

「なかなか帰ってこないから、バフォにやられちゃったのかと思った」
「そーそー簡単にクタバッテたまるかよ」

リアンの言葉に笑って受け答えするジェン。

「にんにも中でゴハン用意してるよ」

『にんに』というのは、リアンのジャスティに対する呼び名。
”兄さん”という敬意を込めての愛称のようだ。

扉をくぐると、なるほど。
リアンの言っていた通り、夕食の香ばしい匂いが漂ってくる。
ちょうどいい具合に腹の減っていたグレイブと子供たちは中に入るなり席につき、モクモクとジャスティの用意した食事を頬張りだす。

「ところで…」

一通り食べ終えたジャスティは、スプーンを置き、既食器を提げカタールのメンテナンスをしているキルに目を向けた。

「ギルチャで言ってた、"大事な話"って?」
「そぅいや、テロでスッカリ忘れてたけど、キル何なんだぁ?」

つられて、筋トレをしていたグレイブも付近に寄りそい問いただす。

「……ジェンは知っているだろうが……先日、国王陛下から俺たち"自由放浪"に依頼がきた。」







夜も深まり、街の電灯も消え静まり返った空を窓辺から見上げるジェンの横に、いつからか居たのか、キルの姿が目に入り顔をそちらに向けた。

「夜更かしは美容に悪いんじゃなかったのか?」

冗談交じりのキルの言葉に、「今日は特別にイイの」とご都合のイイ言葉を返した。

数分、互いに何も言わず、夜空を見つめていたが、不意に巻かれた包帯を外され、また目をキルのほうに向ける。
こちらを見つめるその赤い瞳は、強い後悔と自虐の念を帯びて、一層深みを増しているように思える。

「らしくねぇな、そんな顔。」
「……すまない…守ってやれなかった…。」
「いいって。お前だって、バフォの足止めるのに精一杯だったんだ。こっちまで目が行くわけねぇよ。」
「………」
「死者も出なかったんだろ? 良かったじゃねぇか。無事に鎮圧できてさ。そんな
 悔やむこともねぇべ。」
「ジェン…」
「傷なんて…コレくらいの傷なんて、いつも前線で戦ってるお前やグレイブに比べたら、この程度なんともねぇよ。だから、お前が気にすること…」

 『もう言うな』。
 『すまなかった』。

言葉を遮られ、強く抱きしめるその腕は、そう言っているような気がした。
口下手な彼だから、こう、するしか気持ちを伝えることができなかったのだと思う。
きっと、今の彼の心は、自分を酷く責めているに違いない。
深く後悔しているに違いない。
大切な仲間を守れず、傷つけてしまったことを。

 『大丈夫』。
 『気にするな』。

言葉にはせず、自分よりも一回り大きなその体に腕を回し、そっと抱き返してやった。





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