Glorio #14


攻城戦が始まってから1時間半が経過した。
そこそこの襲撃はあったものの、これまでと同じ団結力でそれらをなんとか乗り切っていた。
リーダーの不在からメンバに与える不安は大きかったが、それも後少しの辛抱だ。
日ごろの戦いでクライアの補佐をしていたシェイドは、軽く一息つくと気を引き締めなおしメンバー全体に気合込めの一声を掛け、クローキングで敵の侵入を伺う御剣に問う。

『リーダーは未だなのか?』
「耳打ちも反応ない。それに、これだけギルチャでやりとりがあるんだ。起きてたら何かしらの反応よこすでしょ」
『そうだけど…御剣、俺にはヤッパリ指揮なんて…』
「辛いのはわかるよ、でもクライと連絡の取れない以上仕方ないでしょ?アンタ以外に勤まる人間、いないんだから」
『御剣が居るだろ』
「前線のアタシよりも、後衛のアンタのほうが適任なんだよ。あと少し、…―くるよ、教授、クリエ、プリ、アサクロ…っ?!」

攻撃を受けたのか、低い呻き声と同時に御剣からの応答が途絶えた。
何度か彼女の名を呼んで見るが、応戦して居るのだろうか。
兎に角、大規模な敵襲がきたことは報告により確かだ。
…上位二次職ばかりの攻撃となると、苦戦を強いられるだろう……。

「気ぃ引き締めろ!団体さんのおでましだ!!」






「―…」

遠い昔の記憶を夢に見るのは、幾度目のことだろうか。
暗闇の中、目を薄く開いたクライアは重い体を持ち上げながら汗ばんだ前髪をかき上げる。
ヴァルキリーレイムで大手ギルドから天使のヘアバンドを盗んだ逃走中、急な発作で意識を失った…。
路上で倒れた物だと思ったが、感触からして今自分が居るのはフカフカのベッド。
通りすがりの誰かが介抱したのだろうか…?
暗闇になれてきた目で、ぐるりと周囲を見渡してみる。

…サイドテーブルには、聖書や聖水、クリップ、ジェムストーンとタバコが投げ遣りに置かれ、椅子にはその他の防備。
窓の外は…もうすっかり日が沈み街灯も消え真っ暗だ。
部屋の中には香水だろうか?僅かに薔薇の甘い香りがたちこめて居る。
そして、部屋の戸には……。

「意識が戻ったようだな。」

こちらに警戒の鋭い視線を向けて居るのは、数日前の夜、ジェンと窓辺に立っていた長身の男―あの特徴的な白髪と赤い目は忘れもしない。

「お前の窃盗逃走に巻き込まれたうちのメンバーが、倒れたお前を担いできた。」
「そらどうも。」

見知らぬ者同士、自分だって警戒をしていないわけではない。
武器は…どこだ? 視線を相手方から外さないまま、手探りに探す。
すると、長身のアサシンは腰のベルトから見覚えのあるグラディウスを取り出し、ちらりと見せつけた。
間違いない。あれは自分の愛用している短剣だ。

「悪いが、お前の武器は全て預からせて貰った。素性も知れない奴に武器を持たせて置くほど、お人よしじゃないんでね。」

お人良しとは良く言う…。
常に片手をカタールにあて、僅かでも不審な動きをしたら側に斬りかかる姿勢と張り詰めた警戒心。
相当訓練された暗殺者に違いない。
隙を見つけてトンズラしたかったが、仕方がない。大人しく相手側の言うことを聞くしかなさそうだ。
諦めの溜息をつき、降伏のサインに両手を上げる。
するとアサシンはカタールから手は外さないものの、ピリピリとした警戒の眼差しを僅かに緩めてくれたような気がした。

「ならず者ギルド・Bloody Crossのマスター・クライアだな? JObは盗みが主のチェイサー…」
「は、よく御存知で。流石は裏情報網に長けたアサシンギルド」
「生憎ギルドの情報ではない。メンバーの一人が、お前と関わりを持っていただけのこと。」
「へぇ、そいつはついてる。何処の誰か知らねぇが、ソイツを呼んでとっととギルドに戻らせてくれ」

自分が居なくとも、攻城戦で負けるような抜けた連中ではないが、なんだか嫌な胸騒ぎがする。
遠い過去の夢のあとに、普段は見ない、当に忘れた「彼女との出会い」の夢。
それが何かを暗示しているようで、妙に引っかかる。
それに、発作を起こしたことを考えると、見知らぬ人間の配下にいるよりも、さっさとギルドアジトに戻って体を休めたい。

「もう寝て居る。それに、メンバーを危険に晒す真似はしたくない。お前が全くの無害と判断したら会わせてや―」
「キル、プロンテラ騎士団のやつが来てる」

白髪のアサシン…キルの言葉を遮ったのは、ノックと共にドアの向こうから向けられた声。
この微妙に色気掛かった声色は恐らく―…。

「また起きていたのか…ジェン。」

またか という言葉に溜息を交えつつ、扉を開く。
やはり、あの声の主は自分の窃盗現場に居合わせて逃走に付き合わせた、家出中の大聖堂跡とり息子・ジェン=ミエンヌ。
憎むべき男が溺愛して病まないという息子だ。
そして、それが意味するのは、自分の………。

「プロンテラ騎士団が何の用だ。」
「国王陛下からの伝令で参りました。『自由放浪マスター・キル=ジェラードは、明日正午、プロンテラ城に来い』とのことです。」
「次はどんな用件なんだ………わかった、伝令ご苦労。」

用件を伝えた騎士は、一礼するとそそくさにアジトを後にした。
キルはジェンにも「寝ろ」というが、「眠れない」の一言返しで部屋に入ってくると近くに合った椅子に腰掛ける。

「こいつ、目ぇ覚めたんだ?良かった」
「だから…お前は寝てろ。寝れなくてもいいから横になるだけでもして体を休めろ。」
「ソファじゃ横にもなれねぇよ」
「俺のベッド使えばいいだろ…。ろくに睡眠もとれてないんだ。お前もそのうち倒れるぞ?」
「倒れたらダーリンが優しく介抱してくれるからいーのv」
「『ダーリン』はよせって言ってるだろうに…」

そんなやり取りを眺めつつ、こいつら"ゲイ"か?とツッコミを入れたい心をなんとかおさえ、ギルドチャットで応答を試みる。

「つーかお前さぁ、この前の夜這いといい、今日といい、なんで俺につっかかってくんの」
「別に? テメェにゃ関係ねぇ」

…反応がない…

「夜這い? ジェン…何かされたのか?」
「犯されそうになった」
「テメ、ヘンな言い方するんじゃねぇよ。俺はてめぇらと違ってゲイじゃねぇ。」
「なんだよ、自分で襲ってきといて」

ジェンの言葉に、先ほど以上に警戒を強め、僅かに殺気を放って居るキル。
応答のないギルドメンバーの安否にも、不安を憶える。

「どうでもいいから、俺の所有物を返せ。テメェらにいつまでも身柄を拘束される筋合いねぇぜ。とっとと帰らせろ。」
「路上放置しないで看護してやってっつーのに、酷ぇ言われようだな」
「別に助けてくれとも頼んでねぇよ、ゲイ」
「キル、こいつどうするんだ? 意識も戻ったし、体ももう大丈夫そうな感じだし、口もうぜぇし。」

振られて、少々考え込む。
当初は、意識が戻ったら帰すつもりだったが、ジャスティとの関係を知ってしまった以上、何かしらの手をうっておきたい。
このチェイサーが引率する「Bloody Cross」は謂わば指名手配のお尋ね物ギルドだ。
ギルドのメンバーが、そんな厄介物とと関わって居ると知られれば、知名度の高いこの「自由放浪」にまで火が回らないとも限らない。
だからといって、身柄をプロンテラ聖騎士団に引き渡すのも、正義面しているようで性にあわない。
素直に帰して今後ジャスティにも関わりを断たせるのが得策か…。
仕方ない、他にいい案も浮かばないしそうせざるを得ないようだ。

「預かった装備は此処に置いておく。体に支障が無いのなら、夜が開ける前に出て行け。…引き止めて悪かったな。」

渡された装備を身に携えると、ふん と鼻を鳴らし、足早に「自由放浪」を後にした。





チェンリム湖中央の砦…。
ならず者ばかりの集団「Bloody Cross」の所有していた、その高台で、チェイサーの衣服を纏った女は返り血を浴びた頬を拭う。
足元に無残に転がる死体を軽く蹴り、全体を広く見渡す。
数時間前までは砦の「形」を保っていたそれも、今となってはただの瓦礫の山と化していた。
彼女の所属するギルドマスターの強力なメテオストームによるものだ。
恐らく、人的被害も相当なものなのだろう。
大抵は内部奥で防衛をするため、砦全体に降り注ぐ業火から逃れることは不可能に近い。
その犠牲の数を思い浮かべ、女は口元に笑みを浮かべ、蝶の羽で先に帰還した仲間を追うように姿を消した。

クライアが現場に到着し、不安な現実を目の当たりにしたのは、それから間もなくしてのことだった…。



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